これから使う人の笑顔を願って、分解から組立までを担う。

「ここは、自慢の場所です、男のロマンもあるなと感じています」。作業場を指さしながら笑顔で話す姿は誇らしげ。その方は、S.T. Factory代表の坂本高純さん。使われることのなくなった飲食店の厨房機器を引き取り、洗浄・分解・組立・整備までをワンストップで行うことを生業にし、3年前に独立をした。

それまで、この仕事ひと筋ではなく、キャリアの初めは不動産営業。その後、転職し、中小企業で人事・総務に携わった。そんな坂本さんがなぜ、まったく畑違いのこの仕事に至ったのか。そして、会社を立ち上げた今、どんな人とともに働きたいかを聞いた。

全ては自分に委ねられている

「初めに、この仕事をするきっかけは、その時、人事・総務で働いていた会社（テンポスバスターズ）の社長に薦められて。厨房機器の買い取り・販売が主な事業で、ガス機器の整備者の人出が足らず『工場勤務をしてみないか』と声をかけてもらいました。まさに、ゼロからのスタート。それが今から10年ほど前の出来事です。もともと、モノづくりが好きだったこともあり、マニュアルがない中で、ひとつずつ解決していくプロセスも面白く感じました」

はじめの3年間は自分の知識を蓄積する時間。そこからは、さまざまな厨房機器に実際に触れることで、多くの学びを得ることができたという。

「独学で積み上げたことが多く、それが今の仕事を形づくっています。ガス機器には、さまざまな種類や形状があり、必要な知識も膨大になります。いまだに、見たことがない商品がやって来ることもありますが、今までの経験があるので、それを活かしながら直すことができます。これからこの仕事に入る方には、これまで私自身が得た知識はすべてお伝えしたいと思います。その上で、『自分の知識』にしてほしいです」

「今、メーカーの工場からでた状態」を目指して

「整備が終わり、新たな商品として出荷される際は、毎回嬉しい気持ちになります。修理のマニュアルがある訳ではないので、自分が直した製品がその後、どのように使われるのかを想像しながら直すことも求められます。分解した際に、どこがどのように壊れていくのか把握できるので、自分の役割は、『できるだけ長く使えるようにすること』だと思います。ガス機器を主に扱うので、慎重さも求められる作業になります」

実は製造業の面がありながら、その後、どのように使われるのかを考えるという面では、サービス業にも近いと感じた。

「ガス機器を直すことができる職人は、全国を見ても少なくなっています。その中で、自分を指名した仕事が入る際には、自信になると同時にプレッシャーも大きくなります。自分が直した機器が使われている最中に事故を起こしてしまったら、たった1回だったとしても、それまで築いた信頼はゼロになります。安心して使うことができる機器を提供するのは当たり前のこと。そのためには、細心の注意が必要です。今は自分一人の業務で、どうしても、動ける範囲が限られてしまいます。作業に集中する環境を作るとともに、その技術を伝えたい。今回は自分とともに動ける方を探すことにしました」

どんな分野でも職人は少なくなっていると聞く。例に漏れず、この分野でも同様のようだ。そんな今だからこそ、始めるメリットもあるのだろうか。

「ニッチ」な分野だからビジネスチャンスがある

「コロナ禍では（良くも悪くも）少し作業が落ち着く期間もありましたが、直す必要がある厨房機器は減ることなく工場にありました。実際には夏は暑く、冬は寒い環境の中で作業し、体力を使う仕事でもあります。多くの方が敬遠してしまう要因かもしれません。でも、飲食業がなくなることがないように、自分はこの仕事はこれからも必要とされていくと考えています。また、個人の知識と技術があって成り立つ作業であり、多くの方ができない仕事だからこそ、そこには“ニッチ”なビジネスチャンスにも繋がっていきます」

全く違う業界から、現場に入った坂本さんの話を聞く中で、初めて、この仕事を目にする私にも、どんな業界なのかを分かりやすく伝えて下さったことが、印象的だった。それは、坂本さんがこれまでさまざまな仕事をする中で、「今」を楽しめているからなのだろう。

何も分からないところからスタートし、自分の実績を積み上げてきた坂本さんに、一緒に働く人が学べることも多くある。そして、遠くない未来に、きっと坂本さんの片腕として働くことになるはずだ。

油にまみれ、汗をかき、仕事に向きあう。その日々が未来を切り開く。そんな仕事がそこにはある。

取材・執筆 :木村 歩