いつまでも、飽きのこない商い

「有り余る力の行き先がなくて、やんちゃをして、そのまま、高校を飛び出した。そんな時に出会った仕事が人力車でした。人として鍛えてもらった。その後はサラリーマンとして業種はさまざま、10年くらい。30歳になる前に、『いままで携わった仕事で何が一番、自分に合っていたか・楽しかったのか』を振り返った時に、自分の中でしっくりきたのが、人力車。それで、この“現場”に戻ってきて、6年ほどが経ちます」

そう語るのは、株式会社カマクラン（鎌倉力車）で後身の育成に力を注いでいる、 高橋浩嗣（たかはしひろし）さん。それまでにいた世界から外に出て、出会った人たちが、自分を変える大きなきっかけになった。

それは高校を飛び出した時も、それから社会人として10年ほど働き、後に戻ってきた時も変わらない。今回は、高橋さんのもとでともに、多くの方に鎌倉の面白さを伝える俥夫（しゃふ）候補の求人。さまざまな仕事をしてきたから分かる、「人力車業」の楽しさと、「これから」を話してもらった。

すべてを自分でつくりあげる

「10年ぶりに現場に戻って、気付きがたくさんありました。お客さんをはじめ、さまざまな出会いがあり、単調な日は1日たりともありません。『飽きのない仕事』が自分に合っていたし、本当に楽しかった。もちろん、デスクワークなど決まった仕事をやり切ることができる人もすごく尊敬していますが、『自らがひとりで仕事をつくりあげる』という、人力車の仕事との相性が良かったのだと感じています。現場をいったん離れて、10年ほど、まったく違う業界を経験したから感じられたことかもしれません」

「今では、スタッフの教育に力を入れていて、現場から一歩引いた立場だから分かる、この仕事の面白さもある」と感じるようになったという。

「自分がさまざまな現場を経験してきたから、それがいま、身になっていてお客さんへも臨機応変に接することができるようになったのかもしれません。仕事の面白さという意味では、高校を出て、この世界に入った頃と気持ちは変わらないのですが、あの10年の経験が今の自分を作ってくれたと思っています」

「ここ3年ほどはスタッフの指導にあたっていますが、『人力車の仕事の中で、何でも良いのでこれからの人生の指針になるようなものを学んでもらいたい』と思いながら、声をかけています」と高橋さん。どの仕事も、楽しさややりがいがあるだろうが、「俥夫」という仕事において、大切にすべきことはどんなことだろう。

自分も楽しむマインドで働いていく

「プライベートと仕事のバランスが非常に重要だな、と思っています。自由度の高い職場だから、のびのびとやってもらいたい気持ちはあります。仕事だけになるのも、プライベート一辺倒、偏ってしまうのはあまりよくないのです。ただ、仕事のようで仕事でない部分も多くあるかな。目の前にいる人どのように楽しんでいるのかを考えながら、自分もその時間を楽しむ。そのお礼として対価をもらう。そんなマインドで働けると良いのでは」。お客さんを安全に運ぶだけでなく、鎌倉の魅力を伝え、人力車からの風景を楽しんでもらう。そんな役割を持っているスタッフたちに、どのように声を掛けているのだろうか。

「今は、現場の管理・監督する立場にいて、日々スタッフたちの成長を嬉しく感じています。私も自分自身で気が付くきっかけをつくるように心がけています。スタッフそれぞれの個性もあるので、性格や経験に合わせて声掛けをしています。これは、私自身が現場で経験してきたことが活かせる場面かもしれません」

「働くことは、生きること」

この仕事が大好きだと語る高橋さんに、自身が描くこれからの業界への想いを聞いた。
「国内の観光地で人力車を多く見かけるようになったと思いますが、実際に乗るのはハードルが高いと感じる人も少なくないかもしれません。やはり乗ってもらえないと魅力は伝わりません。ひとりひとりの努力も大切ではありますが、『人力車に乗ることがひとつの文化として大きなムーブメントになれば良いな』と、再び関わり始めてから強く思っていることです」

さまざまな仕事を経て、再び、人力車の現場に戻ってきた高橋さんから見ると、どんな方がこの業界に合っている・活躍する機会があるのだろうか。

「提案力やガイドの際の間のとり方等は、それまでの接客や営業などどんな業種の経験も活かせる仕事でもあります。私も寄り添っていきますが、最後は自分の力が試される仕事でもあります。そんな環境を楽しんでもらえたら嬉しいです」。10代の頃に、自分の生きる道を悩んだ末に始めた仕事が、その後の人生を大きく方向づけることになる。人はどんな時でも変わることはできる。人力車の仕事を愛する高橋さんの笑顔は、「働き方は生き方」と強く訴えかけてきたように感じた。

鎌倉力車で高橋さんと働くことは、これからの自分の生き方を考えるきっかけにもなりそうだ。

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取材・執筆 :木村 歩